由比若宮~安国論寺・妙法寺へ

いつの間にか今年も残すところあとわずか

月日がたつのは早いものですね。


すっかり間が開いてしまいましたが前回の続きです。


写真の枚数が多く垂れ流しになってしまいますが
ご勘弁を・・・・・

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石清水の井

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由比若宮(元八幡)

鶴岡八幡宮の前身

源頼朝の祖先である源頼義が
源氏の守り神である石清水八幡宮の祭神を祀り
由比若宮を創建しました。

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その後源頼朝が現在の地に移して鶴岡八幡宮として
源氏の象徴としました。

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安国論寺の門前のイチョウ

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松葉が谷に立つ安国論寺

法華経の教えを広めようと、鎌倉入りした日蓮上人が
この地で「立正安国論」を著したそうです。

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富士見台

境内の急な階段を昇って、日蓮はここで毎日富士山に向かって
法華経をお唱えしていたそうです。

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日蓮が※「松葉ガ谷の法難」の時に
白猿の導きで難を逃れたという南面窟

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かなり明るくしてみたのですが
矢張りわかりにくいですね。

衣の袖を引いているのが白猿です。

松葉ガ谷の法難   日蓮は、真言宗や禅宗、律宗、浄土宗などの
邪教を廃し法華経に帰依しなければ「飢饉、兵革、疫病の三災と
疾疫、他国侵害、謀反、星宿変怪、日月薄触、暴風雨、旱魃の
七難に侵される、と説いて北条時頼に上書した。

するとある夜、何千人という念仏門徒が松葉ヶ谷の草庵を焼打ちにした。

この時どこからともなく白猿が表れて、夜道を裏山の洞窟へと導いてくれた。
おかげで日蓮は九死に一生を得たというのである。

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たぶんかえででしょうか。

だいぶ色づいてきました

この後鎌倉の苔寺といわれる、妙法寺へ行きました。



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公開されていませんがケヤキづくりの本堂の天井や
欄間の絵と彫刻は素晴らしいものだそうです

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美しい苔で覆われた石段

この石段は保護のため通ることはできません。


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新しく作られた脇の石段を上がったところに
水戸徳川家によって建てられたという法華堂があります。

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上から見下ろす苔の石段
本当にきれいですね

安国論寺も妙法寺も鎌倉観光のコースとしては
あまりメジャーとは言えませんが
武士の古都、鎌倉の風情が色濃く残る落ち着いた寺院です。
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[ 2015/12/04 17:41 ] 花を訪ねて鎌倉歩き | TB(-) | CM(-)