草創の鎌倉、頼朝公の夢を追う

10月9日、鎌倉ガイド協会の史跡めぐりに参加しました。

レジュメのタイトル、良いと思いませんか?
いつも思うのですが、ガイド協会のレジュメ、本当に
良くできていると思います。

ガイドさんに伺ったところ、かなりみなさん気合を入れて
作られているそうですよ。

今回のサブタイトル
~永福寺(ようふくじ)跡など所縁の3大寺院を訪ねる~


JR鎌倉駅西口から出発です。

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良く時代劇なんかで「名刀正宗」なんて聞きますね。

現在も続く工房です。

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まだ火を入れてなかったので、工房に中を見せていただきました。

今でも刀を打っているそうです。


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ちょっと寄り道をしましたが、最初の寺院は「寿福寺」です

この地は、奥州に向かう源頼義、義家親子が、勝利を祈願したといわれる
源氏山を背にした、源氏父祖伝来の土地であり、源頼朝の父義朝の旧邸があったそうです。

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治承4年(1180)この地を訪れた頼朝は、ここに幕府を構えようとしたのですが
すでに岡崎兵四郎義実が、義朝の菩提を弔う堂宇を建てていたことや
土地が狭かったことなどから取りやめ、大蔵に幕府を建てたという経緯があります。

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寿福寺は鎌倉5山第3位の格式をもつお寺で
北条政子が栄西を招いて開山しました。

境内は国指定史跡、墓地には、高浜虚子、大仏次郎などの墓
源実朝、方丈政子の墓と伝わる五輪塔があります。

中門までは拝観可ですがその先は非公開です。




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太鼓橋から見る鶴岡八幡宮本殿

1063年、源頼義が源氏の守り神として、石清水八幡宮を由比郷鶴岡に勧請したことに始まる
(現在の材木座にある由比若宮=元八幡)

1081年、源義家が修復

1180年鎌倉入りした源頼朝が現在の地に遷座して「鶴岡若宮」と称しました

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現在のように上下両宮になったのは119位年、
1193年に下拝殿(舞殿)が新造されました。

静御前が頼朝の前で舞を披露したのは、今の舞殿ではなく
若宮の回廊だったそうです。

現在の若宮は徳川幕府2代将軍秀忠、11代将軍家斉によって再建造営されました。

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境内社の白幡神社は1200年、頼朝が朝廷から「白幡大明神」の神号を賜り
北条政子(源頼家とも)が創建したと伝えられています。

屋根の下には源氏の紋笹竜胆が輝いていますね

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こちらの賽銭箱には足利の紋、丸に二引きが入っています。

鶴岡八幡宮が代々の為政者達によって篤く敬われてきたことがわかりますね。


今回はかなり歴史のお勉強しました。

まだ続きます~
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[ 2015/10/10 18:40 ] 鎌倉散策 | TB(-) | CM(-)