光則寺

日曜日の光則寺

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門前の枝垂桜はほぼ満開

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樹齢200年といわれる「花海棠」も
この日の温かさで一斉に花開いてきました

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                           お    ま   け

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そろそろ恋の季節かな・・・・

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[ 2017/04/07 20:09 ] 花を訪ねて鎌倉歩き | TB(-) | CM(-)

海臧寺~古我邸へ

化粧坂を下りて海臧寺に向かいます。

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ほんの5分くらいですが、かなり足元の悪い道です。

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海臧寺へのこの道
私の好きな道です
まだ紅葉が残っています


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秋には見事な萩のトンネルになっていた
三門前の石段も今ではすっかり刈り込まれています。

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鐘楼前のもみじはもう終わりですね

もうちょっと早いときれいだったんですけど・・・

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暖冬のおかげでお庭の苔もまだきれいです。

右奥の建物は薬師堂です。

海臧寺は広くはないのですがよく手入れがされた
四季折々お庭の美しいお寺です。

以前は観光客もあまり訪れることもなく
静かなお寺だったのですが
最近は随分知られてきたみたいで
人の姿も多かったような気がします。


この後はランチタイム

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鎌倉三大洋館の一つ「古我邸」です

実はここでのランチは2回目なのですが

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この重厚な扉を開けて入ります

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丁度お客さんのいない時間だったので
室内のお写真撮らせていただきました。

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窓辺はクリスマス風のアレンジ

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この暖炉は実際に使われていたそうです

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今年4月にレストランになったばかりのこの建物



お料理自体はまぁこんなものかな・・・・という感想ですが

いつも固く閉ざされた門の外から覗くだけでしたが
こうして中に入ってお食事ができるということがうれしかったです。


最近は観光バスまで来るようになったとか

新しい鎌倉の顔としてこれから育ってくれるといいのですが。。。



[ 2015/12/26 22:13 ] 花を訪ねて鎌倉歩き | TB(-) | CM(-)

佐助稲荷~源氏山公園へ

今年最後の「花を訪ねて鎌倉歩き」は名残の紅葉を訪ねて
佐助稲荷~源氏山公園~化粧坂~海臧寺と歩きました。

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住宅街の狭い道を入っていくと、佐助稲荷の鳥居が見えてきます。

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この佐助稲荷には次のような伝説があります。

源頼朝が伊豆の蛭ヶ小島に流されていた時、夢を見ました。

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一人の気高い老人が現われて、「あなたは清和天皇に始まる
源氏の直系の子孫なので、早く兵を挙げ、平氏を滅ぼして
天下を統一しなければならない。

その時期が来たことを知らせに来た。」というのです。


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頼朝が「あなたはどなたですか?」と訪ねると
「私は隠れ里の稲荷である」と言って消えてしまいました


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その教えに従って、頼朝は兵を挙げ鎌倉に幕府を開くことができました。

その後、家臣の畠山重忠に言いつけて探させたところ
隠れ里の西に小さな祠を見つけました。


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早速ここにお宮を建てて、お宮の名前を「佐助稲荷」とつけました。

頼朝が幼少の頃「佐殿」と呼ばれていたため
すけが助けられた稲荷であることから、この名がついたという説もあります。


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銭洗い弁財天の狛犬さん

足の爪が鋭いです・・・・

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今では源氏山公園の一部になっている葛原が丘公園

日野俊基の墓、と言われる宝篋印塔

日野俊基は鎌倉時代も終わりの頃、後醍醐天皇を助けて
幕府を倒そうとした公家の一人です。

計画がばれ捕えられ一度は許されたのですが
後に再びつかまり、葛原が丘の地で処刑されました。

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明治20年、日野俊基の霊を祀るため葛原丘神社が立てられました

秋をまたで 葛原丘に 消ゆる身の
    露のうらみや  世に残らん

という辞世の句を残して、この丘の露と消えました。



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源氏山公園の「頼朝像」

32歳ころの姿だそうですが・・・・・


この後は化粧坂を下って、海臧寺に向かいます

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この化粧坂(けわいざか)は鎌倉七切通しの一つで
今も昔の面影を残し、国の史跡になっています。         続く・・・・・





[ 2015/12/21 21:13 ] 花を訪ねて鎌倉歩き | TB(-) | CM(-)

由比若宮~安国論寺・妙法寺へ

いつの間にか今年も残すところあとわずか

月日がたつのは早いものですね。


すっかり間が開いてしまいましたが前回の続きです。


写真の枚数が多く垂れ流しになってしまいますが
ご勘弁を・・・・・

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石清水の井

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由比若宮(元八幡)

鶴岡八幡宮の前身

源頼朝の祖先である源頼義が
源氏の守り神である石清水八幡宮の祭神を祀り
由比若宮を創建しました。

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その後源頼朝が現在の地に移して鶴岡八幡宮として
源氏の象徴としました。

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安国論寺の門前のイチョウ

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松葉が谷に立つ安国論寺

法華経の教えを広めようと、鎌倉入りした日蓮上人が
この地で「立正安国論」を著したそうです。

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富士見台

境内の急な階段を昇って、日蓮はここで毎日富士山に向かって
法華経をお唱えしていたそうです。

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日蓮が※「松葉ガ谷の法難」の時に
白猿の導きで難を逃れたという南面窟

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かなり明るくしてみたのですが
矢張りわかりにくいですね。

衣の袖を引いているのが白猿です。

松葉ガ谷の法難   日蓮は、真言宗や禅宗、律宗、浄土宗などの
邪教を廃し法華経に帰依しなければ「飢饉、兵革、疫病の三災と
疾疫、他国侵害、謀反、星宿変怪、日月薄触、暴風雨、旱魃の
七難に侵される、と説いて北条時頼に上書した。

するとある夜、何千人という念仏門徒が松葉ヶ谷の草庵を焼打ちにした。

この時どこからともなく白猿が表れて、夜道を裏山の洞窟へと導いてくれた。
おかげで日蓮は九死に一生を得たというのである。

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たぶんかえででしょうか。

だいぶ色づいてきました

この後鎌倉の苔寺といわれる、妙法寺へ行きました。



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公開されていませんがケヤキづくりの本堂の天井や
欄間の絵と彫刻は素晴らしいものだそうです

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美しい苔で覆われた石段

この石段は保護のため通ることはできません。


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新しく作られた脇の石段を上がったところに
水戸徳川家によって建てられたという法華堂があります。

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上から見下ろす苔の石段
本当にきれいですね

安国論寺も妙法寺も鎌倉観光のコースとしては
あまりメジャーとは言えませんが
武士の古都、鎌倉の風情が色濃く残る落ち着いた寺院です。
[ 2015/12/04 17:41 ] 花を訪ねて鎌倉歩き | TB(-) | CM(-)

大巧寺~八雲神社

今月の講座「花を訪ねて鎌倉歩き」は

大巧寺から安養院、安国論寺と歩いてきました

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イソギク   海辺に多く咲いています。

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ナンテンキ  もう葉は落ちて実が房状になっています

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ハゼのきは紅葉が早いです

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シャリンバイ 確かに梅の花に似ていますね

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通称「おんめ様」とも言われる大巧寺

安産の神として親しまれています。

この日はお宮参りに来ている方も多く見うけられました。

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滑川「なめりがわ」です

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通称「ぼたもち寺」と言われる常栄寺です

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日蓮上人が馬で竜の口の刑場に引かれていくときに
「桟敷尼」(さじきに)という人が
「仏のご加護がありますように」と
牡丹餅を差しあげたそうです。

その牡丹餅のおかげでしょうか。

龍ノ口の刑場の首座に据えられたとき
江の島の方から満月のように光るものが飛び
役人は目がくらみ聖人の首を切ることができなかったそうです。

「首つぎの牡丹餅」と言われ有名になりました。

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八雲神社 鎌倉最古の厄除け神社です

鎌倉で疫病が流行し、多くの人が苦しむ様子を見た
源義光が京都祇園社の祭神を、ここに勧請したのが
始まりとされています。

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境内には御神木の足下に、新羅三郎義光の手玉石があります。
義光は力持ちとして知られていたのでしょうね、力試しで手玉に取ったと言われている大石です。

境内奥から宝戒寺に抜ける「祇園山ハイキングコース」があります。

続きます
[ 2015/11/25 22:22 ] 花を訪ねて鎌倉歩き | TB(-) | CM(-)